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おはなし(ストーリーテリング)

2019年3月13日 (水)

がちょうはくちょう ロシアの昔話

12世紀頃の王侯貴族や富豪のロシアの家庭では、家つきの語り手バーハリーがいて、夕方になると下女や下男を集めて、昔話を竪琴のグースリーを弾きながら語っていたそうです。国民の約90%が文字が読めない時代に、昔話は語り部のバーハリーの口から口へ語り継がれました。

ロシアにまだ王さまがいない時代の昔話には、太陽、月、風などが出てきて農民の生活とのつながりがありました。自然を崇拝するアミニズムの話は古い時代のものと言えるでしょう。しかし、最初の王リューリック(元世紀)が国を作ると、王さまや王女さまが昔話に登場してきます。この頃の国は、川沿いにできた小さな城があり、城壁の中に商人が住み、農民は外で暮らしていました。ロシアの昔話「がちょうはくちょう」では、お百姓夫婦は用があって城壁内の町に出かけることになり、娘のマーシャに小さい弟の世話と留守番を頼みます。

「がちょうはくちょう」は、ロシアに古くから伝わる昔話です。アファナーシェフの他にもブラートフ、アレクセイ・トルストイなどの再話があります。絵本の「ババヤガーのしろいとり」(内田莉莎子再話 佐藤忠良絵 福音館書店)、「マーシャと白い鳥」(M.ブラートフ再話 出久根育絵 偕成社)はどちらもブラートフの再話です。「おはなしのろうそく27」(東京子ども図書館編・発行)は、A.トルストイ再話「大きな恐ろしい鳥」と内容が似通っています。大筋はアファナーシェフ採集「がちょうはくちょう」系と言ってもいいかと思います。

この昔話にはロシアの昔話では欠かせない魔女のババヤガーが出てきますが、それを盛り上げてくれるのが、題名にもあるがちょうはくちょうです。このおはなしの英語タイトルから「Swan-Geese」をネットで調べてみると、農家で飼っているシロガチョウの野生種でサカツラガンではないかと思いました。くちばしの先から尾までが約90センチで、日本にも渡りで来ることがあるそうです。顔が赤みがある茶色のためサカツラガンだそうです。今では、レッドリストにのる希少種らしいです。カモ科マガン属の大きくて気性が荒いガーガー鳴くガチョウ・・・なのかもしれません。(あくまでも、推測です)

「おはなしのろうそく27」には、「昔話にでてくる大きな鳥で、ロシアの子どもがいうことをきかないときには、「がちょうはくちょうが来るぞ!」と叱られるほど親しまれている」そうです。がちょうはくちょうは子どもを捕まえて、にわとりの一本足の上に立つ魔女のババヤガーの家へ連れていきます。ババヤガーは、子どもをお風呂で洗って煮て食べてしまう・・・言うことを聞かないとこわいことが待っているのですね。「ロシアの挿絵とおとぎ話の世界」(バイ・インターナショナル発行)で、海野弘さんは、「ババヤガーは死の世界に棲み、白鳥は死を象徴しているのだ」と書いています。

勇気を出してババヤガーの小屋から弟を救い出す姉のマーシャと、しつこく追いかけてくるがちょうはくちょうの描写は、真に迫っています。ババヤガーは怖い親分なのでしょうね(笑)

<参考資料>

「ロシア民話選」 宮川やすえ著 明石書店

「おはなしのろうそく27」 東京子ども図書館編・発行

「ババヤガーのしろいとり」 内田莉莎子再話 佐藤忠良絵 福音館書店

「マーシャと白い鳥」 M.ブラートフ再話 出久根育文・絵 偕成社

「ロシアの挿絵とおとぎ話の世界」 海野弘著 バイ・インターナショナル


                                                          

 

2018年12月22日 (土)

国分寺キッズステーションおはなし会

国分寺キッズステーションおはなし会 2018年12月

『へっこぷっとたれた』 こがようこ構成・文 降矢奈々絵

『おおかみと七ひきのこやぎ』 フェリクス・ホフマン絵 瀬田貞二訳

♪ いっぴきちゅう

おはなし”だめといわれてひっこむな”プロイセン作 「おはなしのろうそく 9」

『しおちゃんとこしょうちゃん』ルース・エインズワース作 こうもとさちこ訳・絵 福音館書店

『ウシバス』 スズキコージ作 あかね書房

<感想>

前回のおはなし会でグリム童話の「おおかみと七ひきのこやぎ」を語りました。次は絵本を読む約束をしていたので、今回は絵本を読みました。子どもたちは、物語の世界に入って、絵本をとても楽しみます。おおかみとこやぎの動きをよーく見、感じます。子どもたちにとって、おおかみと七ひきのこやぎは身近なところで起こる壮大なドラマなのだと思います。

今回語った「だめといわれてひっこむな」は、暖炉の傍でおばあさんと子ネズミが繰り広げる短いおはなしです。グリム童話に比べて、設定を理解して想像するにはまだ難しかったかもしれません。

最後は、いつもの『ウシバス』で締めくくりました。今年のおはなし会はこれで終了です。来年に向けて、子どもたちが楽しんでくれるおはなしを選ばなくては・・・!!!

2018年11月13日 (火)

チェコのかっぱ ヴォドニーク

「水底のニッカーマン ヴォドニーク」のブログを書いてきましたが、今年の9月に発行されたチェコの作家カレル・ポラーチェクによる『魔女のむすこたち』(小野田澄子訳 岩波書店)には、かっぱのカパスキーが出てきます。カパスキーは、主人公の魔女の息子フランチモルとエドダントと小学生の子どもたちを池の底の自分の家に招待します。「つぼに入れた人間のたましいを、お見せしたいと思ってな、だいぶもうたまったし・・・・・」

後日、フランチモルとエドダントと小学生たちはカパスキーの家を訪ねました。子どもたちはらせん状の階段を、水の底へ底へとおりていきました。階段は365段もあり、続いて真っ白い砂のまかれたきれいな小道があり、両脇にはきれいな花や木がありました。カパスキーさんはこの物語に随所に出てきては、お話を盛り上げてくれます。『魔女のむすこたち』は、子どもたちの冒険物語です。チェコの妖怪妖精が出てきて奇想天外な冒険を楽しめるユーモラスな物語です。

同じく有名なチェコの作家ヨゼフ・ラダの『おばけとかっぱ』(福音館書店)には、心やさしいかっぱが主人公として出てきます。『チェコの挿絵とおとぎ話の世界』(パイ インターナショナル発行)で海野弘さんは、ヴォドニーク(水の精)は、ハストルマン(消防士?)とも言い、生命の火を消す、つまり死の世界を管理している者であり、あの世とこの世の境目にいる人であると書かれています。『魔女のむすこたち』のカパスキーさんは、自分の商売を水先案内人と称しているのは、あの世への水先案内のことでしょうか???

チェコのプラハは古い街で、モルダウ川には中世に建築されたカレル橋がかかっています。お城の近くにある小路には、錬金術師が住み研究をしていたとか。かっぱがいてもおかしくない街並みが今でも残っています。

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2018年10月20日 (土)

早や物語系のうたいむかしとは 4

 薮田義雄の『わらべうた考』(世界文庫発行 昭和42年)を読んでいたら、青森に昔話のようなわらべうたがありました。これは、田螺(つぶ)と烏のたくさんある唄の中でも代表的なものだそうです。全体が対話形式ですすみ、これに身振りがついたそうです。

向こうの榎に烏が一羽、つぶ(田螺)めがけてそろそろ下りる、そこでつぶは食われちゃならぬ、烏さまとはお前のことか、さてもよい鳥、きりょうよい鳥よ、脛にびろうどの脚絆を穿いて、こかんこかんこと鳴く声きけば、昔、釈迦さまの鉦鼓の音よ、そこで烏も泪にくれて、もとの榎へそろそろ帰る、そこでつぶは身を三尺覚悟いたし、烏どのとはそなたのことか、さても汚い、見たくない鳥だ、こかんこかんこと鳴く声聞けば、石河原薬缶を曳きずるごとく、そこで烏は腹立つけれど、我も鷺のよに嘴長いならば、つつき殺してもとの恨みを晴らす。

烏と田螺の緊張感あるやり取りが楽しめます。田螺が「身を三尺覚悟いたし」と、身を縮めて覚悟して言い返します。泥の中に埋まってしまえば、烏は手出しができません。「こかんこかんこ」がいいですね!

 また、山形の小さい子が転んで泣いた時などに唱えるまじないが紹介されています。綾や錦のような宝物に代えて痛みを取り除いてくださいという意味だと書かれています。「ぷふんぴんふう」が楽しいです。

綾ちゅうちゅう、錦さらさら おちょうのお宝持って来い、ぷふんぴんふう

わらべうたの楽しみ方は人それぞれあるでしょう。私は伝承されてきたわらべうたから今は失われた昔の人々の暮らしや考え方を知りたい。知りたいのです。それが楽しい!わらべうたの中にある歴史を伝える「かけら」は、文化的遺産と言っていいでしょう。現代人が生きている心理の古層には、昔の人の考え方が今も生きています。わらべうたそのものは、今も遊びとして変化し続けていますが、私は伝承を崩さずに伝えて行く人になりたいと思います。

2018年9月 8日 (土)

水底の主ニッカーマン  ヴォドニーク 5

プロイスラーの続きです。プロイスラーは豊かな自然がある地域に生まれ、幼い時は父と一緒にはい松の野や沼地を歩きまわりました。ある夜沼地をたどっていると、鬼火がちらちら光り、ベールをなびなせた霧の精が水たまりから立ち上がり踊るのを見たと記しているそうです。沼地が多いこのあたりには、どこにも水の精がいて、月の明るい夜には岸べにきてハープを奏でるというような水の精の話はたくさん聞きました。(『小さい水の精』解説より)プロイスラーにとって思い出の地、クルコノシェ山脈の山の神の話は、『わたしの山の精霊(リューベツァール)ものがたり』(さえら書房)として出されています。

『カレルチャペック童話全集』(青土社)の解説は、訳者である田才益夫さんが書かれています。チェコ語の特徴について書かれていました。「とくに、チェコ語は悪口表現の非常に豊かな言語である。」チャペックは類語・同意語を書き並べるのを好む傾向がありますが、「『郵便やさんの童話』では宛て名も書いてなければ切手も貼ってない手紙を投函したその張本人を探し当てたときに、郵便屋さんはあまりの感激にその相手に、三十三個の悪口を続けざまにあびせかける・・・。」翻訳の大変さと原書でなければわからない特徴について書いています。

「水底のニッカーマン」に出てくる若いおかみさんのリドューシカは、カエルに対して、悪口をたくさん言います。「なにさ、ぶくぶくふくれてみっともないやつ」「あっちへ行けったら、このいやらしいふとっちょめ」「なにを言ってるの、ばかなカエル」これは、チェコ語特有の感じなのでしょうか?知識のない私が決めつけてはいけないのですが。

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水底の主ニッカーマン ヴォドニークについて 4

チェコの国民的作家カレル・チャペック(1890-1938)は、劇作家・ジャーナリスト・哲学家など多彩な才能を持っていました。チャペックは子どもの頃、エルベンの昔話をお母さんに語ってもらったという逸話が残っているそうです。(『金色の髪のお姫さま』解説より)

チャペックはヴォドニークについてのお話を書いています。『カレル・チャペック童話全集』第4話 水男(かっぱ)の童話より 村のお医者さんをしていた父のところに、歯を抜いてもらおうと河童が来た。お礼にマスを籠に入れて持ってきた。その患者が座っていた椅子が濡れていたから、その患者は河童だったんだよ。ある河童は水車小屋に住んでいて、堰の下の水の中に馬を16匹飼っていた。馬は水の中で一生懸命水車を引っ張っていた・・・。

カレル・チャペックの生まれ故郷は、ポーランドとドイツの国境に近いマレー・スヴァトニョヴィツェです。そこから115Km西、クルコノシェ山地の麓にあるリベレツは、オトフリート・プロイスラー(1923-2013)の生まれ故郷です。ドイツ人が多く住んでいたため、ズデーテン・ドイツ人と呼ばれていました。1939年のナチス・ドイツによるズデーテン併合により、プロイスラーはドイツ兵士として従軍し、5年間ソ連での捕虜になり収容所生活を送った後1949年に解放されました。しかし、帰る故郷はなくなっており、以後ドイツのアルプスの麓で暮らしました。その後、プロイスラーは小学校の教師として働き、1956年に『小さい水の精』(学研出版)を出版します。

水車の池の底深くに水の精の家があります。夫婦に男の子が生まれ、そのお祝いに大勢の水の精と、その他泉男、橋女、沼男が集まりご馳走を食べるシーンから物語は始まります。男の子は緑色の髪の毛をしていて、手には水かきがありました。やがて成長した小さな水の精は、いたずら坊主になり水の中を自由に冒険します。

プロイスラーには、ファンタジー大作『クラバート』やユーモアたっぷりの『大どろぼうホッツェンプロッツ』などの作品がありますが、私は『水の精』が大好きです。私が児童図書館員になったほやほやの頃に読んで、すごく楽しいと思った印象がとても強いのです。日本で出版されたのは1966年です。次回は、プロイスラーについて、もう少し書いてみようと思います。

参考資料

『チェコスロヴァキアめぐり』カレル・チャペック作 筑摩書房

『カレル・チャペック童話全集』カレル・チャペック作 青土社

『わたしの山の精ものがたり』オトフリート・プロイスラー作 さえら書房

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2018年9月 7日 (金)

水底の主ニッカーマン ヴォドニークについて 3

チェコのグリムと評される民俗学者のカレル・ヤロミール・エルベン(1811-1870)は、優れた詩人、作家でもありました。当時、上流階級はドイツ語を使用し、庶民はチェコ語を話していました。エルベンは庶民からわらべうたや民謡、民話などを収集し、チェコ語を記録しました。代表作は、昔話を題材にした詩集「民話の花束」です。

「民話の花束」にはヴォドニークが登場します。緑の髪をした水の精ヴォドニークは、月夜に柳の下に姿を現します。若い女性がヴォドークにつかまり妻となり、二人の子どもを産みますが悲しい結末が待っています。チェコでは大変有名な話だそうで、チェコ出身のドヴォルザークは「水の精」という交響詩を作曲しています。

 『金色の髪のお姫さま チェコの昔話集』(カレル・ヤロミール・エルベン文 岩波書店)は、エルベンが収集した昔話の中でも有名な13篇が所収されています。チェコの挿絵画家アルトゥシ・シャイネル(1863-1938)の挿絵はそれは美しく異国情緒ともいうべき面白さを私たちに感じさせてくれます。画家はチェコで有名な絵本作家でミュシャと同時代を生き、絵はアールヌーボー調です。この美しい挿絵が入った本が、子ども向けの本として出されていることは素晴らしいなと思いました。

この本には、グリム童話の「おいしいおかゆ」「三人の糸つむぎ女」とそれぞれよく似ている昔話「小なべや、おかゆを煮ておくれ」「三人の糸つむぎのおばあさん」や、デンマークの昔話「ついでにペロリ」と同じパターンの「オテサーネク」など、パターンは似通っていてもチェコというお国柄が楽しいはなしが入っていますよ!

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2018年9月 2日 (日)

水底のニッカーマン  ヴォドニークについて 2

 ヴォドニークのヴォド(VOD)は水、ニーク(NÍK)は人・・・水に住む者という意味です。ヴォドニークについてネットの情報をまとめてみました。

髪と眼は緑色。大きな口。鉤鼻。小男。赤い帽子に黄色いズボン。金色のボタンをつけた外套からは常に水が滴っている。魚やカエルに変身でき、人を溺死させてその魂を壺やティーカップにいれて集める。ナマズに乗って動きまわる。時々人間のふりをして人ごみに入る。川や湖に住み、きゅうりやピクリスが大好物。水気がないと力を失う。

 チェコの人形屋でヴォドニークを探すと、何種類か見ることができました。人形には、昔話「水底のニッカーマン」に出てくる美しい吹き流しのような布が何枚もついていることに気が付きました。

 ところで、チェコのきゅうりは日本のきゅうりの倍くらいある大きさで、食事のお皿には薄切りがいつものっていました。きゅうりが好きなところやそのほか、日本の河童とよく似ていますね。

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ショーウィンドウの一番前に飾ってあります。

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    チェコで食べたきゅうりとトマト、パプリカのサラダ。マヨネーズがかかっていて親しみやすい味でした。

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水底の主ニッカーマン  ヴォドニークについて 1

 チェコの昔話に「水底の主ニッカーマン」という話があります。『三本の金の髪の毛』(松岡享子訳 のら書店)に所収されていて、翻訳者の松岡さんの解説によると、「ニッカーマンはチェコやスロバキアに伝わる水の中の生きもの「ヴォドニーク」である」と書かれています。チェコでは、日本の河童のように人々には親しい存在で、子ども向けのお話にもよく登場しているそうです。以前所収されていた『世界昔ばなし』(ほるぷ出版)と同様に『三本の金の髪の毛』は英語版からの翻訳であるため、「ニッカーマン」の呼び名のままにしておくことにしたと書かれています。ニッカーマンというのは、ニッカ―ズがひざ下まであるズボンを意味するので、ひざ下ズボンの男という感じでしょうか?私は以前から「水底の主ニッカーマン」という昔話になぜか心惹かれていました。想像力を刺激する広がりのある世界に魅了されたのです。

 私は子どもの時からカエルが大嫌いで、見たくもないし触りたくもない。テレビや本にカエルが出てくると、目をつぶって見ないようにしています。けれども、カエルが出てくる昔話は大変神秘的で魅力があります。水と陸、両方生きることができる不思議な生き物であるカエルは、昔話の中ではこの世ともうひとつの世界を結ぶ存在として登場します。この昔話の主人公はリドューシカという若いおかみさんです。リドューシカが川に洗濯に行くと、とても太った図々しいカエルに出会います。リドューシカはカエルに導かれて水でできているカエルの家に行き、ある部屋のドアを開け、棚にたくさんの小さな壺を見つけます。壺の中には真っ白でそれは愛らしいハトが閉じ込められていて、自由になったのを喜び飛んでいきました。それは、恐ろしいニッカーマン(ヴォドニーク)が溺れさせた人々の魂だったのです。リドューシカはその魂をみんな自由にしてやり、恐ろしいヴォドニークから無事に逃げるができました。

 今年の夏、私はたまたまチェコに行くことができ、ヴォドニークを探してきました。これは、チェコの雑貨屋さんで買ったヴォドニークの人形(900円)です。タグにはWater manと書いてありました。次回は、ヴォドニークについて書こうと思います

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2018年7月23日 (月)

昔話の始まりと結びの句

 昔話の形式に始まりと終わりの決まり文句がある。稲田浩二著『昔話は生きている』(筑摩書房)によれば、「今は昔」「ざっと昔あったと」は、わたしも知らない昔のことだから、そのつもりで聞いてくれという意味を含んでいる。この話は遠い祖先からの言い伝えだから、いい加減に聞くでないぞよと、聞き手に注意をうながすのだそうだ。「あったことか、なかったことか、知らないが」という出だしは、そのものずばりの意味を持つ。

 結末の言葉の「めでたし めでたし」は、これで話は終わり大円団を迎えたよという宣言で、「いちごさかえた」も同じ意味を持つ。これで主人公の生涯は栄えましたという「一期栄えた」から、「市が栄えた」町ができ繁盛しましたに変化していったのだそうだ。「いちごさかえた とっぺんぐらりん」「いちごさかえた どんとはらい」は、これで私の聞き伝えた昔話は出はらってみな終わったという意味。「どっとはらえ」これで終わっただけを言う場合もある。普段の物言いそのままの、「そんだけ」「それぽっちり」というのもある。

 「とっぴんぱらり さんしょのみ」(秋田)、「むかしこっぽり」(鳥取)、「むかしこっぷり」(岡山)など、全国に様々な結びの句が伝わっているが、聞き手は話はこれまでときっぱり思い切る必要がある。

 また、遊び言葉を足して楽しい結びの句にしている場合もある。岡山では、「むかしこっぷり とびのくそ」「むかしこっぷり さんしょの芽」、高知では「むかしまっこうたきまっこう 猿のつびやあギンガリ」などというのもある。

 昔話の始まりの句から、聞き手には昔話であるから現実の話ではなし、思いっきり物語を楽しもうという意識が働き、結びの句からは面白い話はこれで終わったという余韻を語り手と聞き手が共感することができる。昔話を子どもたちに語る時に、意識してやってみよう(^^♪

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