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わらべうた

2018年10月20日 (土)

悪口のわらべうた

 わらべうた講座で、とても楽しいわらべうたを教えていただきました!

いちびり子 憎まれっ子 さべり子 知りませんこと ごてごてと ろくでもないこと 七面鳥 張ったろか 食うたろか 飛んでけー!!

まず、両手の親指を内側に折り込んでから四本の指を折り、グーを作ります。右手の小指から順番に上げて行き、次は左手の小指から上げて行きます。「飛んでけ」で両手を開いて手を大きく上に上げます。

一から始まって十で終わる数え唄形式ですが、悪口唄でもあります。だから、遊ぶと心地良いのかしらん⁉ 

 『わらべうた風土記』(薮田義雄著 世界文庫 昭和42年刊)を見てみたら、京都のが載っていました。

いちびりさらすな にくい我鬼 さべりさらすな 知りもせんと ごてくさぬかすな ろくでもないこと しちびりさらすな はったろか 食うたろか 飛んでいけ

前のとくらべて、こわいですねー(笑)関西の感じが出ています。薮田さんの説明によれば、「いちびる」は調子づいてふざけることですが、それに「さらす」が付いていっそう誇張された意味になっているとのこと。「さべり」は「しゃべり」を三の音に合わせるためにもじったので、「さべりさらすな」はしゃべりちらすなの意。「知りもせんと」は知りもしないで、「ごてくさぬかすな」はごたごた言うな、「しちびりさらすな」は一の「いちびりさらすな」を七に転用したこじつけとのことです。奈良には以下のようなわらべうたがあるとして紹介されています。大人が喧嘩相手に浴びせる悪口を子どもが真似をしているうちに、「しちめんどう」が「七面鳥」になり、憎めないほほえましい悪口唄になっています。

いちびるな にくられもん さんびるな しりもせんこと ごてごてと ろくでもないこと しちめんどう はったろか くうたろか 十間棒でどったろか

 講座で先生が、『絵本論』(福音館書店)から瀬田貞二さんの文章を読んでくださいました。「お母さんの歌う子守歌、わらべ歌は、体をたたきゆするリズムといっしょに、日光や雨のようにこころよく、赤ちゃんの発芽点をひたします。母から子へ、長いあいだ歌いつがれ、みがきあげられた「幼い子らの歌」は、その意味を失っても、肉体に通うこころよいリズムとなって、教育以前の教育を、文字以前の文学の役割を果たしていきます。」

私は瀬田貞二さんの文章を聞いて、わらべうたを聞いたり歌ったりする時、楽しくて心地よく感じるのは、即興の歌がとても得意だった亡き母が、歌ってくれた歌のリズムが体の中に記憶として残っているのに違いないと思いました。私がわらべうたが大好きだと感じるのは、母がたくさん歌を歌ってくれたおかげ。幼い時にたっぷりと愛情をもらってきたのだと、還暦近くになった今、改めて気づかされました。

2018年8月29日 (水)

早物語系のうたいむかしとは 3

 猛烈な暑さも、ようやくやわらぐ気配を見せてきました。もう少し暑さに耐えていきましょう。さて、くるみん6号さんから、貴重なコメントをいただきました。私の疑問にすべてお答えいただき、これで解決スッキリいたしました!ありがとうございました。(^_-)-☆

以下、コメントです。

小野和子さんが、宮城の語り手たちの昔話を聞き取る姿をドキュメンタリーにした「うたうひと」という映画があります。その最後の方で、遠野出身の男の語り手が、「うりこひめこのうた語りをします」と言って、歌いだすのですが、とても面白かったですよ。「むかしむかし あるところに おじいさんと おばあさんが おりました」という言葉に「ミソソソソソ ラソラソラソ ミソーソソソ ソラ―ソソソ ラソラソラ」という感じで節をつけるのです。多分、ふつうの「うりこひめこ」よりは短縮してあって、それが「早物語り」と呼ばれる理由かしら? とも思うのですが、残念ながら確証はなく、写っているのも、導入部分の数分間だけです。仙台の図書館には、きっと「うた語り」を撮影したDVDがあるのではないかと…。行ってみたいですね

・・・・・・・・・

私が以前書いた記事は、

『昔話百選』の解説には、「つぶの歌」は早や物語系の「うたいむかし」に独立することがあって興味深いと書かれている。そこが良くわからなかった。稲田浩二さんの『昔話は生きている』(筑摩書房)には、「うたいむかし」とは、東北地方では短い話全体を節づけるものとある。話を旋律を持つ唄のように語るのだ。さらに、わらべうたの歌詞に転用される昔話の一節もある・・・とのこと。

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「つぶの唄」のわらべうたは、「うたいむかし」から転用した昔話の一節ーーーかもしれない。(あくまで、私の考えですから。)

さらに、小野和子さんという方は、みやぎ民話の会の方で、2013年に酒井耕・濱口竜介監督による東北三部作の第三部目として民話の語り手を映した「うたいひと」に出演されていること、また、民話研究者でもあり採集をされているということを知りました。

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2018年7月21日 (土)

早や物語系のうたいむかしとは つぶの歌について 2 

 今回は、つぶの歌について。つぶは田螺であるが、私の子どもの頃は田んぼにたくさんいて、茹でて食べていたほど身近だった。田螺のわらべうたの多くはカラスとからんで問答にして歌われる場合が多い。田螺とカラスは敵同士で、カラスは田螺を餌として狙ってくる。

  つぶ  つぶ 山へまいらぬか お彼岸まいりさしゃらぬか わたしゃ行くまいお山へは

  去年の春も行ったれば 烏という黒鳥が 

  あっちへつっつきつんまわし こっちへつっつきつんまわし 

  二度と行くまい お山へは   (千葉)

 他にも似たような唄が愛知・山梨・長野・大阪などに伝わっている。

「早や物語系のうたいむかし」の早や物語系が未だわかっていない。稲田浩二さんの本を読んでみようと思います!

参考資料:『わらべ唄考』薮田義雄著 カワイ楽譜

早や物語系のうたいむかしとは つぶの歌について 1 

 『日本昔話百選』(稲田浩二・和子編著 三省堂)のたにし長者という昔話。

 貧乏な夫婦がどうしても子どもが欲しくて、水神さまに「そこらにいるつぶ(たにし)のようなものでもいいから、どうぞ子どもを授けてください」と願掛けをすると、つぶの息子を授かった。20年たち、つぶの息子は長者どんのところへ年貢米を届けに行き、長者どんの娘を嫁にもらって帰ってきた。そして春、つぶの息子と嫁ごはお薬師様へお参りにでかけた。息子はわけあって鳥居をまたぐことができないから、ひとりで行ってくれと言う。さて、嫁ごが戻ると田の畔にいた婿どのがいない。嫁ごは無事見つかるようにと祈りながら、

    つぶや つぶや わが夫や 今年の春になったれば                                          

    からすという ばか鳥に もっくらもっくら 刺されたか

と気が違ったように田んぼの中を探し歩いた。嫁ごは悲しくて泥田に身を投げて死のうとすると、水のしたたるようないい男が止める。聞けば、男はつぶ息子で水神様に嫁ごがお参りしてくれたおかげで人間の姿になったと言う。それからつぶ息子は、たにしの長者どんと言われて栄えたそうだ。

 『昔話百選』の解説には、「つぶの歌」は早や物語系の「うたいむかし」に独立することがあって興味深いと書かれている。そこが良くわからなかった。稲田浩二さんの『昔話は生きている』(筑摩書房)には、「うたいむかし」とは、東北地方では短い話全体を節づけるものとある。話を旋律を持つ唄のように語るのだ。さらに、わらべうたの歌詞に転用される昔話の一節もある・・・とのこと。

 阿部ヤエさんの『わらべうたで子育て 応用編』(福音館書店)のこぼれ話3「わらべうた」と「昔話」にそれについて説明されているのを見つけた。「わらべうた」と「昔話」は、子どもたちの楽しみの柱であり、つながり合いながら子どもたちを育てていたとのこと。わらべうたの「つぶの歌」は子どもたちが片方の手の指を丸めて「つぶ」を作り、鬼は人差し指でつぶをさして行き、最後のつぶが鬼になる鬼決め遊び。鬼に当たらないようハラハラする気持ちが昔話の嫁ごの気持ちを理解する助けになるとのこと。子どもは複雑な気持ちはなかなか理解できないため、話の登場人物の気持ちになって聞けるように、わらべうたの遊びをつけて教えたのだそうだ。子どもたちは、娘の気持ちを想像し実感できるようになり、話を深く理解するようになる。

 昔の人は人を育てるにはどういう風にすればいいかということをしっかりと考え、それを変えないで伝えてきた。阿部ヤエさんは、うーさぎうさぎの唱歌はわらべうたで歌えば遊べるのに、唱歌で歌うとどうして遊べないのか不思議に思い、わらべうたを教えてもらうつっつ婆に聞いたそうだ。つっつ婆はこう言われた。「昔から伝えられている唄っこは、それぞれ役目があって伝えられている。唄の言葉を取り替えれば昔の人たちの心は伝わらなくなるのと同じように、その唄っこも、節を取り替えたから、歌の役目を果たさなくなったんだ。」

 

2018年3月15日 (木)

野遊びとお弁当

春のお彼岸が近くなりました。秋分・春分にいちばん近い戊(つちのえ)の日を社日というそうです。「社」は中国から伝わった土地の守り神という意味で、その神を祀る日が社日。春から山に下りてきた神は田の神になり、秋になって収穫が終わると山に帰ります。

江戸時代の3月桃の節句は、旧暦にすると今年は4月18日だそうです。桃も桜も菜の花も咲きそろい、農作業が開始する春真っただ中の時です。村の人々は「野遊び」と称し、ご馳走を入れた弁当箱を持って家族で遊山にくり出していたそうです。もとは山神さまを祀る行事だったのだとか。

♪これっくらいの おべんとうばこに おにぎりおにぎり ちょんとつめて

  きざーみしょうがに ごましおふって にんじんさん さんしょうさん しいたけさん

  あなのあいた れんこんさん すじのとおったふき

私は子どもの頃、春の山野でお弁当を食べるのが大好きでした。春休みになると、自分で昼ご飯用におにぎりや卵焼きを作り、実家の裏山や田んぼの畔で半日過ごしました。雪解け後のじっとりとして水がしみだしてくる土を冷たく感じつつも、そよぐ春風を頬で感じ、伸びてきた青草を踏みつけたりその匂いの中でのんびりと過ごすのがたまらなく好きだったのです。それは、6才くらいから大学進学で上京する高校生まで続きました。春の野で、弁当を食べるのが好きなのは、日本人の遺伝子だったのですね~。(笑)

山陰特有の灰色一色の冬景色から解き放たれ、みずみずしい色と香りが溢れる春の時が、待たれていたその時が、本当に嬉しかったのです。

<参考資料>

日経新聞 3月3日 夕刊記事

「七十二候の楽しみ」世界文化社

「なにしてあそぶ?わらべうた 目あそび 手あそび 足あそび」草土文化社

2015年1月 4日 (日)

かれっこやいて と 「においのカゴ」

♪ 正月じいさん来ました 竹馬に乗って 凧を背中にかついで にこにこ笑って来ました

♪ お正月ちゃ いいもんだ 木っ葉のような 魚(とと)食って 雪のような まま食って        油のような 酒飲んで お正月ちゃ いいもんだ      

よく知られているわらべうたに、「かれっこやいて」があります。

♪ かれっこやいて とっくらきゃして やいて しょうゆつけて たべたら うまかろう

石井桃子さんの『においのカゴ』(河出書房)の中の短編「まずはたのしいお年こし」に、わらべうたの様子が描かれていました。高橋のおばあさんは、炉辺で晩のお年越と正月用のカレイをたくさんクシに刺して焼いています。

(文中より)”毎年、お年こしのカレイを焼くときには、いつも足もとや手もとにしがみつく孫たちをはらいのけながら、「カレこ焼いて、ひっくりけして焼いて、だれにやるべ、○○にやるべ」と、そこにいる孫たちの名を歌いこんで、いかにも年の終わりの行事らしくにぎやかにやるのです。”

カレこ焼きを見物しに来た孫にカレイをひとつづつやって無事に終了し、きんぴら牛蒡を煮たりしているうちに、4才の孫タダオの姿が見えなくなります。父ちゃん母ちゃんが仕事から帰ってきて、家中大騒ぎになりました。その時、タダオの大きな泣き声が。タダオはとんでもないところに、上っていたのでした。

この短編は、石井さんが一時期山暮らしをされていた宮城県栗駒郡鷺沢村が舞台でしょうか?正月を迎える村人の様子が、よくわかります。貧しい暮らしには、炉辺で干したカレイが大ご馳走だったのですね。わらべうたの「かれっこやいて」は、ハレの日への思いがつまった深い情感を持った唄なのかもしれません。

やっぱり、石井さんが書かれた作品は、面白い。驚きや喜び、哀しみなど様々な感情が、日常生活の丁寧な描写の中からひょいと浮かび上がり、心の中に物語がずんずんと浸み通ってきます。特に、最後の二つの作品「心臓に書かれた文字」「東京駅のネズミ」は、『ひみつの王国 評伝石井桃子』を読んだ後ならではの入りこみ方をしました。

参考資料

 『日本のわらべうた』 上笙一郎著 三省堂

 『日本のわらべうた 歳事・季節歌編』 尾原昭夫編著 文元社

 『においのカゴ』 石井桃子著 河出書房

 『ひみつの王国 評伝石井桃子』 尾崎真理子著 新潮社

2014年10月 8日 (水)

こどもとこどもがけんかして 

「子どもと子どもがけんかして」というわらべうたがあります。自分の指に興味を持ち始めた幼児に、指の名前を教えるわらべうたです。

 

  ♪ 子どもと子どもがけんかして くすりやさんが とめたけど なかなか なかなか

    とまらない 人たちゃ わらう 親たちゃ おこる 

 

 ♪ 子どもと子どもと けんかした おやおや親が 飛んできた 

    人さま人さま 聞いとくれ なかなかかなわぬ ことなれば 薬をつけて おさまった

昔は子どもたちは自分たちだけで遊び、大人の手を借りることはありませんでした。子ども集団の中だけで問題を解決し、子どもの喧嘩に親が出るというは、一番嫌われることだったそうです。子どもの喧嘩に親がでる行為は、「人に笑われること」だと言うのがわらべうたからもよくわかります。

民俗学者の宮本常一さんは、日本ほど子どもの玩具が多い国はないと書かれています。祭りではたくさんの玩具が売られ、親たちは子どものために買い求めました。明治11年に来日したイギリスの女性旅行家イザベラ・バードは、東北地方と北海道などを旅行し、『奥地紀行』という本を書きました。それには、こんなことが書いてあります。

「私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときには手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないとつまらなそうである」

大変不潔だった庶民の暮らしでは、子どもはいつも蚤やしらみにたかられ皮膚病になっていました。夏は裸でふんどし一枚で過ごし、同じように上半身裸の母親の背に負われていたのです。そして、男は仕事から帰ってくると子どもと遊んだり、子どもが遊んでいるのをながめて過ごしました。貧しくとも、子どもを中心とした楽しく幸せな日々があり、その中でこのわらべうたが歌われていたのですね。

<参考資料>

『イザベラ・バードの旅』 宮本常一著 講談社

『日本のわらべうた 室内遊戯編』 尾原昭夫著 文元社

『日本のわらべ唄』 上笙一郎著 三省堂

2014年7月 9日 (水)

梅雨明け頃のわらべうた

7月のわらべうたを紹介します。

♪ そうめんや  そうめんや  おしたじ  つけて
   ソーファラ  ソーレ レ   ソソファラ  ソレレ  

  おからみ  つけて   とおくのほうへ  とんじまえ
  ソソファラ  ソレレ   ソ~~~~~   ソ~~~~

  「そうめんやそうめんや」で、人指し指と中指で、腕(体)を上下に2回くすぐります。
  「おしたじつけて」で、腕(体)を手の平で軽く4回押します。
  「おからみつけて」で、腕(体)を指を丸めてグーの形で軽く4回つつきます。
  「とおくのほうへ」指で、腕(体)を下から上にくすぐります。
  「とんじまえ」で、わきの下をくすぐります。

  一列になって、前の人の背中をくすぐることもできます。

♪ かにどん  かにどん  どこ  いきゃるー
   ソソラー  ソソファー  ファソ レレレー

   このたに  おりてー  さわ  いきゃるー   ちょき   ちょき
   ソソララ   ソソファー ファソ  レレレー    ソファ   ソファ

   「かにどん かにどん どこいきゃる」で、指ではさみをつくってちょきちょき
      左右に揺れます。
   「このたにおりて」で、右にはさみを動かし、「さわいきゃる」で左にはさみを
      動かします。
   「ちょき ちょき」で、腕を大きく頭の上にあげて、左右にちょきちょきします。
      2回繰り返してもいいですね。

鹿児島のわらべうたです。雨上がりの山道には、小さなかにがちょろちょろでてくることがあります。「かにさん、どこ行くの?」と聞くと、カニは、「沢に行く」と答えます。

今日の天気は、まさにこんな感じですね。

♪ あーめー   こんこん  ふーるな よー  やーまの とーりが なーくぞ よー
  ファーソファ  ソーソー  ファーソファレー  ソーソソ ソーソソ  ソーソファレー

Warabeuta

 

 

2014年6月24日 (火)

梅雨時のわらべうた

風邪から喉を傷めてしまい、6月はずっと静かにしていました。おはなし会でする予定だった6月のわらべうたを紹介します。

♪いなかのおじさん たんぼみちとおって かえるをふんで げのげのげ

6月の雨が降る中、道を歩いていて大きなカエルが腹を上 にして死んでいるのを、踏み   そうになりました。「ギョッ!」 その時、このわらべうたを思い出しました。
鬼決めのうただそうです。「おじさん」を「○○ちゃん」と名前を入れてもいいと思います。
「いなか」に苗字や地名を入れても楽しくなります。私の場合は、「府中のおばさん」です。

歌いながら、左手の五本指を右手の人差し指で、親指から順番に指していきます。小指
まできたら、折り返します。「げのげのげ」で止まった指を折って行き、最後は一本もなく
なります。幼い子なら、指を折らなくてもいいでしょう。

   ソラララ ラララソ ソラソソ ラソミー ミラララ ラーラー ラソミソ ラー

♪ おてんとさん おてんとさん てぬぐいをかせ そーれがいやなら ひをかせ

雨が降り続くと、日の光を嬉しく感じます。手を高くあげるので、おはなし会の合間のちょっとした運動につかえます。

   「おてんとさん おてんとさん」両手を高くあげて、お日様に向かって8回ふる。
   「てぬぐいをかせ それがいやなら」両手を胸の前で水を切るように、8回ふる。
   「ひをかせ」両手を上げて、4回ふる。

Photo

 

2014年5月11日 (日)

ドイツのわらべうた

今から200年近く前の1806年に、20歳のブレンターノとのアルニムはドイツ各地に伝わるドイツのわらべうたや民謡を集めて本にしました。『少年の魔法のつのぶえ』(矢川澄子・池田香代子訳 岩波書店)は、旅まわりの職人、家事手伝いの娘たちなど、庶民の口から口へ伝えられた、ドイツのマザーグースです。伝承の土着的なものを見直す時代の到来により、グリム兄弟も、1812年に『子どもと家庭のためのお話集』を発表しました。

ドイツのわらべうた集には、日本のわらべうたとの共通点がたくさんあります。ドイツにも子守のつらいことを歌ったわらべうたがあります。

<ゆりかごのそばで>
こんなやくめとつゆしらず 子守にきたのがうんのつき うちわ手にしてはえおって
きょうもぼうやをねんねんよう ひとがさんぽにゆくひまも ゆりかごのそばをはなれずに ぎいこぎいこのくりかえし さあねろってば このがきめ

また、日本ではわらべうたと昔話はセットで語られていましたが、同様にドイツにもこんなわらべうたがあります。

<かえるの王さまのうた>
王さまの いちばん下のお姫さま ここあけて くださいな きのうのことは わすれたの
あなたは約束 したんだよ すずしい泉の ほとりでぼくに 王さまの いちばん下のお姫さま ここあけて くださいな

他にも、こどもをおとなしくさせるための歌は、悪い子だと騎士がやってくるという様な脅かしのうたですし、子どもがころんだ時のうたや、小さな男の子にはじめてズボンをはかせる時のうたなど、子どもを育てる時に活用したうたが伝わっていることがわかります。有名なブラームスの子守歌の一節は、この「少年の魔法の角笛」からとっています。

昔話は、人間が考えることはどこの国でも似通っていることを教えてくれますが、わらべうたからも同じことを感じました。

Karasuno

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