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2020年6月13日 (土)

「運定めの話」その4 炭焼き五郎左衛門 真野長者伝説

柳田国男氏の『海南小記』に「炭焼小五郎が事」という章があります。柳田国男は、豊後(大分県)の真野長者伝説を取り上げています。以下は、真野長者伝説です。大分県の蓮常寺と山口県の般若寺や市の観光案内のホームページを参考にしました。

奈良の久我大臣(蘇我氏)の娘玉津姫は、奈良の三輪明神に嫁になれるよう祈ると、「豊後の三重の里に炭焼き小五郎という若者がおり、この者と夫婦になれば長者になるであろう」と言われて、臼杵の港から小五郎の元へ行った。姫は小五郎に黄金を渡して買い物に行ってもらったが、小五郎は金の価値がわからない。買い物に行く途中、淵にいるカモを捕ろうと黄金を投げつけたが、はずれて黄金は淵に沈んでしまう。姫は、「あれがあれば、なんでも買うことができたのに」と残念がるが、小五郎は「あのようなものは、この山の中や淵にたくさんある」と言う。二人で見に行くと、そこは黄金が噴き出す淵だった。やがて二人は結婚し、炭焼き小五郎は真野長者と呼ばれるようになった。

長者と玉津姫は般若姫という輝くように美しい娘がいた。その噂は都まで上り、皇子は山路と名を変えて顔を見に来た。そして、長者の牛飼いとなって潜り込む。姫が病気になると、山王権現が「三重の松原にて笠懸の的を射よ」と告げる。山路は見事的を射て結婚の運びとなった時、都から兄の死去で天皇となるため迎えが来て都に帰り用明天皇となる。般若姫は子を宿しており、産んだ後男の子なら連れて都へ、女の子なら子を残して姫がひとりで来るように言われていた。女の子だったので、姫は百人の共と都へ上る途中嵐にあい、山口県の大畠で村民に助けられるが19歳でこの世を去る。

長者は般若姫の死を悼み唐の天台山に黄金三万両送ると、中国から連城法師が長者のためにやってきて開山(546年)、長者が法師のために建立したのが連城寺(554年)だそうで、大分で一番古い寺とのこと。(*仏教伝来は538年らしい)寺には998の薬師像があり、奈良・京都・大宰府・豊後の仏師が携わったそうで、たいした財力があった長者だと想像ができました。

<参考資料>
『海南小記』柳田国男著 角川書店
大分県連城寺 http://www.yado.co.jp/kankou/ooita/taketa/utiyamakannon/utiyama.htm
山口県般若寺 http://hannyaji.net/index.html
臼杵竹宵 http://www.takeyoi.com/usuki-takeyoi

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