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2020年6月13日 (土)

「運定めの話」その5 炭焼き小五郎 

柳田国男氏の「炭焼き小五郎が事」は、大正10年(1921年)に東京朝日新聞に連載されました。私の手元にある『海南小記』(角川ソフィア文庫)では45ページもあり、氏が深く興味を持ったことがわかります。柳田氏は全国の伝説を入念に調べられているのですが、「炭焼き小五郎」は全国各地で昔話だけではなく実際の伝説として多く残っており、どこも似たような話が歴史となって定着して各地の神社・名所となっていることを指摘しています。小五郎(真野長者)は子ども時代は藤次でしたから炭焼き藤太がいたり、炭焼きは技術を持つ鋳物師でもあったので、イモジから芋掘り藤五郎などになったのではと推測されています。『子どもに語る日本の昔話3』(こぐま社)の「運定めの話」に出てくる炭焼きの名前は、”炭焼き五郎左衛門”です。五郎左衛門はなんだか人の良さそうなイメージを受けます。『日本昔話百選』(三省堂)の「炭焼き長者」の名前は”小五郎”で土佐に住んでいます。

真野長者は満能長者とも書きますが、「今昔物語」「大和物語」にもこの話はあり、それより昔の舞の本「烏帽子折」に牛若丸東下りの中に挿話として入っているので、かなり古くからある話のようです。柳田氏は大分の宇佐八幡宮との関連も指摘されており、全国津々浦々に八幡宮があること(八幡宮は、全国の神社の約半分をしめます)、宇佐八幡宮は鍛冶と縁があり古い神話を起源とする考えにも触れています。

大分は炭焼きが有名でその一部の人たちが椎茸栽培を始めたとのこと、確かに大分の椎茸は有名です。小五郎の子孫という方々も実際に臼杵にお住まいで、何代も家伝の花炭を作ってこられたとか。柳田氏は「炭焼き小五郎」のルーツを真野長者伝説ではないかとされています。炭焼きいわゆる鋳物師が全国を渡り歩き鋳掛をして広まった可能性が考えられます。『昔話百選』の解説にも、「中世のころ、山中を転住しながら鋳物を作り、炭焼きを副業とした人々が、運搬し広めた話とされる。そのせいか、各地の伝説になることが多い。・・・もと炭焼きの果報を宣伝する話だが、昔話は貧しく鈍ながら心清らかな人々の幸運と、人の宿命とを強調する」と書いています。次回は、この伝説と仏教について書きたいと思います。

<参考資料>
『海南小記』柳田国男著 角川書店(ソフィア文庫)
『日本昔話百選』稲田浩二・稲田和子編 三省堂
『子どもに語る日本の昔話3』稲田和子・筒井悦子編 こぐま社

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