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2020年6月12日 (金)

「運定めの話」その3 言挙げをしない国

私は自粛中にNHKラジオの聞き逃しサービスから、「カルチャーラジオ 文学の世界」を聞きました。万葉集の第11回で上野誠氏は、「言挙げせぬ国」というテーマで話されました。今日、書店で『体感訳万葉集』(上野誠著 NHK出版)を見つけたので買ってきました。「万葉集」で、柿本人麻呂が「葦原の瑞穂の国は 神ながら 言上げせぬ国・・・」と書いています。大和の国は神々の御心のままに、言挙げなどしない国であるという意味です。

上野誠氏によれば、「言挙げ」とは、言葉の力を頼って、大声を発することを言い、「言挙げせぬ国」というのは心が通じ合っていれば多くの言葉はいらない、言葉は口から出ると言魂を持つので軽々しく言葉を発しないし言葉を大切に思うのが私たちの国である・・・ということだそうです。松岡正剛氏も、「「こと」は「事」であって「言」なのです。」と書いています。万葉集の時代には、「こと」は「事」と「言」の二つの意味を持っていたそうなのです。

言葉の重さを知っているから、説明しないし多言しない。口から出た言葉は言魂となるから、迂闊には口にしないということでしょうか?だから、大和は和歌や短歌の国となり行間をくみ取る文化になったと上野氏はラジオで言われました。神の加護と言葉の加護を信ずる国が大和という国だったのでした。

「運定めの話」では、そば神は他の米蔵や味噌蔵の神に向かって大声で言いいます。「わしを足で蹴るような旦那のいる家にはようおらん。わしはここを出て炭焼き五郎左衛門のところに行くつもりじゃ。炭焼き五郎左衛門はかかさまの今度の主人じゃけ。」これは、神様の言挙げではないでしょうか?神様は相当の決心をされたのかもしれません。「運定めの話」から私たちは、昔の人々が思う神様と信仰の生活を知ることができます。

<参考資料>
『日本文化の核心 「ジャパンスタイルを読み解く」』松岡正剛著 講談社
『体感訳万葉集』上野誠著 NHK出版
『子どもに語る日本の昔話3』稲田和子・筒井悦子編 こぐま社

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